2004年12月04日

応援すること 見守ること

子供を教育する場は学校だけではない。
それぞれの自宅においても
躾や基本的な常識、生活習慣などなど
親でなければ(または保護者)教えられないこともあると思う。
それを放棄して、すべてを学校に期待するのは、
虫が良すぎるというものだ。

学校がよくなることは大いに応援すべきこと!
応援することの中身としては、
じっくり先生方を見守るという姿勢と
時には援護射撃的な行動を起こさなければならないこともあるだろう。

学校の中で授業展開や教材研究に工夫をしていなかったり、
生徒一人一人に愛情を持たなかったり、
仕事は自分の家庭を守るためだけにするものと思っている教師がいたとしたら・・
それは、職務怠慢であると思う。

そして、何よりも大切なのは
同じ失敗を二度と繰り返さないという自覚にあるのではないだろうか?
人は誰でも過ち(犯罪に直結せずとも・・)を犯してしまうことがある。
過ちを過ちとわかっていながら、
加担したり隠したりするのは過ちとは言わないのかもしれない。
殺人でも「これをしたら・・・死ぬかもしれない」と思いながら続けた行為の結果
被害者がなくなった場合
「未必の故意」ということを問われるだろう。

過ちに気付き、過ちを認め、過ちを改めたことは
賞賛すべきことだと思う。
苦境にたたされたこともあったと想像に値する。
過ちを改める行動は、相当の勇気が必要だったことと推察している。

すでに過ちがあったことを本人が認めているにもかかわらず
それをあたかも
善意で行ったらたまたま法に触れただけ・・などと言い逃れをし、
過ちを認めることを潔しとしない頑なさを持ち続ける人を
(その人が学力的に相当高度なものをお持ちだとしても)
私は応援することはない。
posted by vivi at 16:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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