2004年12月21日

冬休み

とうとう冬休みに入ってしまった。
子供達は最終の残り3ヶ月で進学・進級になる。
いろいろな問題が発覚してから
かれこれ足掛け2年。
本当に長い2年だと思う。
4月になる前に問題の終結を願っているけれど、
ここのところ何の進展も見られない。
表面上は静かだが、水面下の動きが全くわからない。
父母の動き然り、学校当局然り である。
ある意味学校当局の態度は、
時間の経過と共に水に流してしまおうという思惑を感じてしまうのは私だけだろうか?
人事権は理事会にあるものであるから、一般の父母が口出し出来るものではないが。
教員募集が出ていたりすると「方針が変わるのか?」と不安に駆られるのは私だけではないと思う。
私個人の感覚では、新しい人材の登用は決して悪ではないと思う。
情熱溢れる若い人材が教育現場を活性化してくれることもあると思うから。

人にものを教えるという職業は、
生徒に与える影響力たるや絶大なものがあると思う。
決して「学力優秀」なだけでは教師として合格では無いだろう。
現在でも特殊なカラーに染まったままの教師達は
それを必要とする職場に移っていただけたなら
世間一般の常識の中で逞しく生きる力を持った子供達を育てる事の出来る新しい人材をたくさん登用することが出来るのではないかと淡い期待を持っている。

とにかく・・時間が無い!
タイムリミットは目前である。
posted by vivi at 11:04| Comment(28) | TrackBack(4) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月07日

裁判用の詭弁

って?何かなぁ?
裁判用に嘘ついたら「偽証罪」というものになるはずなのに?
裁判用のことば・・とわざと書いたという言い訳をしていた人は、
突っ込みを入れた人を調べたという嘘もついていたっけ。

調べた結果が作り話だという事実を知ってる本人がいるとは思わないのかな?
viviちゃんは、別人に仕立てられておりました(@^▽^@)きゃはは

子供達と語る会が開催された模様。
「信者は2割かなぁ?」との読みあり。
ただ・・「質問にきちんと答えられないのはかっこ悪い」との意見もありましたよ。
ついでに・・・
はぐらかされた印象を持った子もいたようなので、
そこを突っつかれるような気がする。

年度内に終息の見込みは何パーセントくらいなのでしょうか?
posted by vivi at 19:37| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月05日

矛盾?

学力は高い方がいい?
でも縛られるばかりではいやだ・・
勉強だけすればいいといわれたら反発する
だけど有名大学へ進学したい(させたい)

公金を使い込みしたことは悪いかもしれないけど
人格者だと言い張る論理。
裏で糸を引いていたのに「自分は関係ない」と言い張る度胸。
裏切られてるとも思わずに、信頼し続ける狂信者。

遊びにも夢中になれない子供
友人関係を築くことが出来ない人々

日本の坩堝を見ているよう。

私は狂信者のようになりたくない。
でも狂信者であるかもしれない人々を裁くことはしない。
なぜなら・・私から見たら狂信者に見える人々も
それぞれの人生を歩んでいるのだから。
かかわりを持たずにいられたらいいなぁと願う。

もしかかわらなければならなかったとしたら?
私はその方たちを批判したりはしないだろう。
なぜなら・・・人に批判されることを好む人は居ないと思うので、
私は自分がされたくないことを相手にもしないようにしているだけ。

私とは考え方が違うということを意思表示する。
これ(自分の意思表示)だけは・・きっと必ずするだろう。
posted by vivi at 16:38| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月04日

応援すること 見守ること

子供を教育する場は学校だけではない。
それぞれの自宅においても
躾や基本的な常識、生活習慣などなど
親でなければ(または保護者)教えられないこともあると思う。
それを放棄して、すべてを学校に期待するのは、
虫が良すぎるというものだ。

学校がよくなることは大いに応援すべきこと!
応援することの中身としては、
じっくり先生方を見守るという姿勢と
時には援護射撃的な行動を起こさなければならないこともあるだろう。

学校の中で授業展開や教材研究に工夫をしていなかったり、
生徒一人一人に愛情を持たなかったり、
仕事は自分の家庭を守るためだけにするものと思っている教師がいたとしたら・・
それは、職務怠慢であると思う。

そして、何よりも大切なのは
同じ失敗を二度と繰り返さないという自覚にあるのではないだろうか?
人は誰でも過ち(犯罪に直結せずとも・・)を犯してしまうことがある。
過ちを過ちとわかっていながら、
加担したり隠したりするのは過ちとは言わないのかもしれない。
殺人でも「これをしたら・・・死ぬかもしれない」と思いながら続けた行為の結果
被害者がなくなった場合
「未必の故意」ということを問われるだろう。

過ちに気付き、過ちを認め、過ちを改めたことは
賞賛すべきことだと思う。
苦境にたたされたこともあったと想像に値する。
過ちを改める行動は、相当の勇気が必要だったことと推察している。

すでに過ちがあったことを本人が認めているにもかかわらず
それをあたかも
善意で行ったらたまたま法に触れただけ・・などと言い逃れをし、
過ちを認めることを潔しとしない頑なさを持ち続ける人を
(その人が学力的に相当高度なものをお持ちだとしても)
私は応援することはない。
posted by vivi at 16:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月02日

摩訶不思議な論理

1、法的に許されても倫理的には許されないこと
2、善意に基づく行為がたまたま法に触れただけのこと
3、合法的な行為が倫理的に悪であったり、非合法的なことが倫理的に許されるといった程度の認識ももてない人間は、恐ろしく見方が平板で、底が浅く、想像力や思考力、感受性に乏しいと思うはずです。

上記の1〜3はある方がある掲示板に同じ記事の中で書き込まれていたことです。

1と2では、善意の第3者が行ったことだと主張し、
3においては・・それをくつがえすかのような論理を展開していませんか?

なんだか・・何を主張したい方なのかわかりません。
私の理解力不足でしょうか?


1について・・
法的に許されてはいても感情的には納得がいかない・・これなら私にも解る
2について・・
この善意に基づいてと書かれた方がその善意を心底から信じているのだろうということは解る。でも善意の皮を被って人を騙していたことが暴かれていたとしたらいかがなものか?
3について・・
非合法な行為が倫理的に許される世界ってどこにあるのかなぁ?

やっぱり私には理解不能です。

1,2,3、を書いた方・・
教師らしいんですけどね。
うちの子に直接かかわることのない教師だといいなぁ!!
posted by vivi at 14:18| Comment(11) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月01日

教育とは・・

心の教育が必須だと思う今日この頃。
公共のものを大切にする。
目上の人への言葉遣いを考える。
単語の羅列のような会話をせず、正確に話す。
礼儀とかは規則に縛られるからするものではない。
相手を思いやる心が育てば
それが形となって現れて来るものだと思う。

規則だけに捕らわれて
本質を見失ったとき
思考力のない、支持待ちしか出来ない大人が育つと思う。

自分の責任とか自分の思いを相手に伝えたり
相手の思いを汲み取ったり、
相手を思いやる心を持つことの重要性を
再度考える時代に入ったのではないかと思う。

学力が高くても
世間に適応できない若者が増えているという。
その原因を大人たちはきちんと把握する努力をしていかないと・
日本そのものが滅びていくような不安に苛まれる。
posted by vivi at 14:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月29日

ある掲示板へ悲鳴を上げている教師へ

過去に捕らわれているだけでは何も進まない。
過去の出来事は往々にして、時間の経過とともにどんどん美化されてしまう。
まして・・現時点において冷遇されている人にとっては
「過去はよかった・・」と思うよりどころとなるだけであろう。

子供達は日々成長していく。
一日一日がとても大切な時期であることは
大人以上であると思う。

そんな子供達を相手に
過去の業績を自慢したり、あの頃はよかったの話を聞かせても
現在の子供達になんのメリットがあるというのだろう?

業績を上げるのは、何も大人の世界だけではなく
未来へ向けて子供達自身が確実に実力をつけて
羽ばたいてきたいと願っていることだと思う。

それを手助けしたり、導いたりするのが「教師」であり
「常識をわきまえ、他人から後ろ指を指されるような事をしない大人」の
責任であると思う。

教員も人間である以上、間違いを起こすこともあるだろう。
だけど・・言い訳はいけない。
自分がしてきたことを他人のせいにしてはいけない。
自分の行動や言動には、ケジメをつける勇気を持ってほしい。

それが・・教師の心得というものではないかと思うこのごろである。
posted by vivi at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月26日

今、学校で・・

子供達は年齢が上がるにつれて
個性的な発想をしたり
考え方もかなりしっかりしたものを持つようになる。
そんな時、自分と違う価値観を持つ友人との関係を上手にこなせる子供は幸せなのかもしれない。
価値観の違いから意見の対立が起きたとして、
もしその根本原因が学校の体質にあったとしたら
子供達は何を基準に何に対してどうのように考えたり
別の角度から本質を見極めようとするのだろうか?
教師達が自分の生活を守るために、
自分の信念を曲げて教鞭をとっているという状態でいるとしたら?
それがごく普通に行われていたとしたら?
子供達は、不信感を持ちながら登校することになる。

信念を曲げて欲しいと思っているのではない。
ただ、本人は信念を貫くつもりでも
そのことが子供達の不信感を育んでいるかもしれない現実を知って欲しい。

人間として人に恥じる行為を行った人を
過去の業績を称えるためだけに否定できずにいるという現実。
その業績だけが全てだと信じ続ける人々。
真実を見極める目・・それは、一般常識に照らして見るということと
同義ではないかと思う今日この頃。

マインドコントロールの恐さを間近に見た気がしている。
posted by vivi at 13:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月25日

はじめの一歩

いろいろな動き(表に出ないところでね)のある学校
これからどうなるのか・・
とっても気になる。
学校って子供の将来に多大なる影響力を持つよね?
偏った考えではなく
常識の範疇で、きちんと教育してほしいなぁ。
善悪のけじめ
責任感とか行動力とか
努力する姿勢とか
いろいろあるでしょ?

自分の置かれた立場において
常に最善を尽くして欲しいと思ってる。
これは子供にも親にもそして先生方にもいえることじゃないかな?

人のせいにすることほど
簡単かつ卑怯なことはないと思ってる。
与えられた環境の中で精一杯努力できないとか
環境が変わったことに不平不満をいうだけで
自分を改革してみようと努力もせず
生活のためだからと今までのものに固執するのは、
潔い考え方&態度とはいえないと思う。

自分の信念とあわないものに固執するより
己の道を己の力で切り開いてみたらいいんじゃないかなぁ?
posted by vivi at 14:14| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月24日

これからのこと

いろいろな思いを持っている方々の集まりにおいて、
意見や思惑を集約することほど
難しいことは無い。
けれど、互いに聞く耳を持ち
譲れるところは譲ったり、
互いの存在を価値あるものとして尊敬していけば、
決して「あら捜し」のような
醜い争いにはならないと思う。

これから・・自分の立場において
自分の出来ることとは何か?を
思慮深く、なおかつ時には迅速に
行動していけたら・・いいなぁ。

何を一番大切にし、何を失いたくないのか
自分と家族の心が一致していなければ・・
今後の動きはすべて泡のように消えていく運命をたどるかもしれない。
posted by vivi at 14:13| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月23日

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posted by vivi at 13:16| Comment(1) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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